1. 美容業界の歴史と概況

今日の「美容師」及び「美容室」の原型は、男性の丁髷(ちょんまげ)や女性の日本髪を結う「髪結い」「髪結床(かみゆいとこ)」にあり、その祖は鎌倉時代に遡るとも言われる。髪結いは江戸時代には広く一般に活躍していたが、明治4年に「断髪令」が発布されると、新たな時代に即したカットや束髪を生業とするようになっていった。理容師法の下で営まれていた美容師の仕事は昭和32年の「美容師法」の制定によって、主に女性の容姿を美しくすることと特化された。

現在全国には27万店の美容室がある(厚労省「令和4年度衛生行政報告例」)。これはコンビニエンスストアの総店舗数の約5倍にあたり、美容室が国内で最多事業所を有する業種であることを示している。なおも増加傾向にある美容室であるが、都市部を中心に大型店やチェーン店が認められるものの、あくまで主流は中小規模店舗の業界であり、1店舗あたりの従業員数の平均は3名に満たない。経営形態は都市部を中心に多様化しており、店舗シェア型のサロンやフランチャイズ型のサロンも見られるようになっている。

また美容師数は57万2,000人程を数え(前出報告例より)、増加傾向にあるものの離職率も高い。

美容市場は、来店サイクルの長期化や単価の下落などから数年来横ばいを保っていたところにコロナ禍の影響もあり、2023年度の市場規模は1兆3,500億円であった。しかしながら、コロナ禍で変化した利用者の意識や行動の変化を捉え、ソフト面、ハード面で工夫を凝らしている店舗は多い。サービス面でいえば、従来、カット、パーマ、ヘアカラーが主体であった美容室における施術に、近年、ヘッドスパやスカルプケアなどのヘアサービスメニューが加わっている。さらには、フェイシャルエステやネイルケアといった豊富なメニューを揃えてトータルビューティーを謳うところもある。

2. 美容産業におけるホスピタリティとその重要性

以前に比べ来店サイクルが長期化してきたとはいえ、美容室における施術は顧客が定期的に購入する商品であり、少なくとも3~4ヵ月に1度の利用が期待できる。いかに優良な新規顧客を獲得できるかに加え、優良なリピーター顧客を保持し続けることができるかが、ビジネスの鍵になる。

顧客に支持される美容室であるために不可欠なものこそホスピタリティであり、それはこの業界において、①技術、②接客、③ハード、この①~③それぞれのホスピタリティと、その3つのバランスにある。3つのうちいずれかのみが偏重されても、またどれかが欠けても、顧客の獲得・維持は困難となるであろう。以下にそれぞれを考察していきたい。

① ホスピタリティとしての技術

美容室の利用者は、髪が伸びてきたから、カラーが落ちてきたから、髪が傷んできたから、といった理由でこれを利用する。店舗選択理由において利便性や価格などと同様に重要視されるのが、髪の施術に関する美容師の技術の高さであり、美容室におけるホスピタリティの中でも非常に大きなウェートを占めている。

ところが、この髪を操る技術に関しては、かなり主観的な判断で善し悪しが決定されることは否めない。顧客には、美容師が自分の髪をどのようなテクニックを駆使してカットしているのか確認できないし、ましてや、正確にメソッド通りに行なわれたカットなのか、それが巧いのか下手なのか、などの判断はできない。仮に正しいメソッドと判断されるもので施術されたとしても、出来上がったスタイルが顧客の好むものでなければそこに価値はない。あくまで、それが自分に似合っているか、自分の手で再現できるかといった点を「技術」と捉えて彼らが巧い美容師か下手な美容師かを判断するのである。

「顧客が納得するスタイルを作ることが出来る技術」「顧客のし好に合致している技術」こそが、高い「技術」として評され、単に「速い」「美しい」「規定通り」の施術が高く評価されるわけではないといった難しさがある。

② ホスピタリティとしての接客

リーズナブルな価格でありながらも高品質なサービス、高いレベルの接遇は、今や巷にあふれ、決して特別なものではない。このような環境において、高額を支払い、長い時間を過ごす美容室で自分がいかに扱われるのか、その接客レベルに対する期待度は低いはずがない。コロナ禍を通じてその期待度は更に増している。うわべだけのホスピタリティで通用しない今日の顧客は、美容師の接客レベルがどの程度であるかを冷静に判断する。

美容師は至近距離で長時間にわたりマンツーマンの接客を行なうという点で、他のサービス業の顧客接点と比較しても特徴的である。だからこそ美容師のパーソナリティとそれに基づく言動が顧客に与える影響は大きく、これらが顧客満足度を左右する要素となるのである。

実際、接客教育のニーズは高く、それに力を入れる店舗は多い。独自に教育システムを持つ大型店やチェーン店は社内でそれを学ぶシステムを持ち、また、そうでない中小の美容室はメーカーやディーラーに教育を依頼している。

大型店やチェーン店の中には専門のレセプショニスト(受付)をおき、高級ホテルやレストラン同様の応対を目指すところも少なくない。

③ ホスピタリティとしてのハード

高額を支払い、長い時間を過ごすのであるから、店内の快適性も重要なホスピタリティの要素である。

180度フルフラットになるシャンプー台や長時間座っていても疲れない椅子、電子書籍としてのタブレット、広く清潔なパウダールームなど、いかに快適に顧客に過ごしてもらえる力、美容室は志向を凝らし、工夫する。

コロナ禍の影響で減少はしたものの、施術の合い間にコーヒーやハーブティーといった飲み物の提供を行なうサロンは珍しくなく、このサービスは概ね好評を得ている。本来飲食をするような場所ではないところでの飲み物の提供にも、顧客はお得感やリラックス感、そして、「お客様」としてもてなされた感覚を得るのかもしれない。

また、利用頻度や金額に応じたポイントシステムを持つところも多い。言うまでもなく、これは顧客が付加価値を享受できるというメリットがあるだけでなく、美容室側にとっても顧客の囲い込み策の1つとなり、軽視できないツールである。

3. 美容業界における課題とホスピタリティの今後

美容業界では、昨今顕著なのは、低価格化と客数減少である。低価格化に関して言えば、この流れはしばらく続くと見込まれ、カットに特化した低価格サロンの拡大が著しい一方で、大手チェーン店が低価格サロンを新規出店させるという動きも出始めている。時間と出費を節約したい消費者ニーズに合致したアイデアは今後も注目される。低価格サロンと一線を画したい美容室は、何が差別化ポイントなのか、技術、接客、ハード、それぞれの面から検討する必要がある。

また、客数減少に対しては、施術メニューを増やすことで顧客単価のアップを目指し、また来店頻度を上げると共に、顧客層を拡大することが必要である。美容室利用に積極的になってきた男性若年層や中高年女性顧客、さらにはキッズ層を囲い込める技術、接客、ハードの検討が求められるであろう。

また、人材に関しては、新卒者の不足と同時に、一度就職した技術者の定着率の低さ、離職率の高さは美容業界が長年抱える大きな問題である。定羞しない理由は、待遇や労働条件に対する不安、薬剤による手荒れや腰痛などの職業病、結婚・出産、職場の人間関係、自己のスキルの限界など、さまざまである。

気持ちよく慟ける環境や人材を育成するシステムといった、従業員がホスピタリティを実感できる仕組みづくりは重要なテーマであり、結果として、これが顧客満足に繋がるサービスを継続的に提供させる。また、業界そのものと美容師の社会的地位を一層向上させることにも繋がっていくのではないだろうか。

執筆者 

日本ロレアル株式会社
プロフェッショナル プロダクツ事業本部
教育推進本部 本部長
桂 真弓